ものの受け止め方を整える時間。息子と私が受けた認知療法のお話

こんにちは、あんずだいだいです。読んでくださって、ありがとうございます。

以前デイケアの記事の中で、「訪問看護で、私も一緒に認知療法を受けられました」と、
ほんの少しだけ書いたことがありました。今日は、その中身のお話です。

息子が「自分はこういうときに調子を崩しやすい」と分かっていった時間のこと。
そして母である私も、同じ場所で学ばせてもらった時間のことを書いてみますね😊

週に一度、家に来てくださる方がいました

私が保育士になる前のことなので、4年ほど前になるでしょうか。

来てくださっていたのは、デイケアのスタッフさんで、そのまま訪問看護にも
来てくださっていた方です。お一人で、私たちの家まで来てくださっていました。

そしてその方自身が、認知療法を勉強している最中だったんです。病院の許可を
いただいたうえで、訪問看護の時間の中で、私たち親子にしてくださっていました。

「私はまだ教わっている立場なんですよ」

そんなふうにおっしゃっていたのを、今でも覚えています。

カードを並べていく時間

具体的に何をしていたのか。いちばんよく覚えているのは、カードを使ったことです。

カードには、息子の調子が悪くなるときの行動パターンが、いくつも書いてありました。
それを「これはその通り」「これは近い」「これはちょっと違う」と、
グラデーションのように並べていくんです。

ほかにも決まった形式の質問があって、それに息子が答えたり、私が答えたり。

息子は、真面目に取り組んでいました。

見えてきたのは、「外に出たくなる」というサイン

カードを並べていくうちに、息子の調子が崩れていくときのパターンが、
だんだん形になって見えてきました。

外をうろつくようになる。そして、お金を使ってしまう。

調子が悪くなると、家にいたくなくなるようなんです。だから外に出る。
出れば、お金を使うことになる。

以前、息子の借金のことを記事に書きました。あのときも「病気のストレスも
あったのだと思います」と書いたのですが、それがこうして、はっきりと形になったわけです。

なんとなく感じていたことに、輪郭がついた。そんな感覚でした。

「ここまでなら大丈夫。ここからは入院」

そして、これが私にとって、いちばん大きかったことです。

線引きが、できるようになりました。

「今日はこれくらいなら、まだ大丈夫」
「こういう状態になったら、もう入院だな」

ここまでの行動が頻繁に出てきたら、それは危ない状態。
そういう目安が、自分の中にできたんです。

入退院を9回くり返してきた息子です。それまでの私は、目の前の様子を見ながら、
そのつど心配になっていました。目安ができたことで、その心配のかたちが変わりました。

息子自身も、自分を外から見られるようになった

変わったのは、私だけではありませんでした。

息子自身も、「自分はこうなりがちなんだな」と、自分のことを少し外から
見られるようになったように思います。

1年弱で、終わりました

続いたのは1年弱でした。

来てくださっていた方が、とにかくお忙しかったこと。そして私も保育士として
働き始めて、時間が合わなくなってきたこと。

終わってしまったことは、正直、残念でした。

ただ、あの時間はその方のご厚意で成り立っていたものでしたから、こちらから
「もう一度お願いします」とは言えませんでした。

そのあとデイケアで続けていたのか、息子だけが受けていたのか。
そこまでは、私には分かりません。

どうして、日本では広がらないんだろう

実は私、この認知療法のことを、ずっと不思議に思っていました。

アメリカでは、精神疾患の治療の中心にこの療法があると聞いていたからです。

今回この記事を書くにあたって調べてみたら、それは本当でした。認知行動療法
(認知療法とほぼ同じ意味で使われています)は、いま世界の精神療法の標準と
されているそうです。

では、どうして日本では広がらないのか。調べてみて、いくつか理由が見えてきました。

ひとつは、病院に入るお金の仕組み。1時間かけてお一人に向き合うよりも、
たくさんの患者さんを診たほうが、病院の収入になるのだそうです。

もうひとつは、お医者さんがこの療法を学ぶための研修の制度が、
日本にはほとんどないこと。

そして──日本で健康保険が使えるのは、うつ病やパニック症など、限られた病気だけ。
統合失調症は、その中に入っていませんでした。

これを、私は今回初めて知りました。

効果があると分かっていて、世界では標準とされている治療なのに、息子の病気は
その対象に入っていない。残念としか、言いようがありません。

さいごに ── ぼんやりしていたものが、明確になりました

人の考え方には、癖があります。その癖が苦しい方向にあると、
生きることそのものが苦しくなっていくように思います。
息子と一緒にカードを並べながら、私はそう感じていました。

あの1年弱で何があったのかと考えると、ぼんやりしていたものが明確になった
── ということだと思います。

息子の調子が崩れていく感じは、それまでも何となく分かっていました。
それが、はっきりとした形になった。そして息子自身も、自分のことを
客観的に見られるようになった。

二人とも、それぞれに明確になっていったんですね。

本当に、受けて良かったと思っています。

今日も読んでくださって、ありがとうございました。

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