こんにちは、あんずだいだいです。
読んでくださって、ありがとうございます。
今日は、忘れられない言葉の話。
統合失調症の息子のことを、
「かわいそうだね」と言われたことがあります。
そのときのことを、書いてみます。
母のお葬式で
コロナ禍の頃、母が亡くなりました。
身内だけの、小さなお葬式でした。
その頃、私は息子と二人暮らしで。
息子は、入院中でした。
だから私は、一人で地元に帰りました。
「かわいそうだね」
お葬式で、親戚と顔を合わせました。
「息子くんは、来てないの?」
親戚には前から、
息子の病気のことを話していました。
隠したことは、ありません。
いま入院していることを伝えると、
返ってきたのが、この言葉でした。
「そういう病気になって、かわいそうだね」
何も言いませんでした
言い返しは、しませんでした。
言えなかったんじゃなくて、
言わなかったんです。
悪気がないのは、分かっていたので。
日常で会う人たちでも、ないので。
もし息子に何か影響があるなら、
何か言ったかもしれません。
でも、そうじゃないから。
そう思うなら、それでいい。
そのまま、流しました。
ただ、心の中では
はっきり思っていました。
違う、と。
「かわいそう」の後に続く言葉
かわいそう、だから幸せになれない。
かわいそう、だから努力しても仕方ない。
「かわいそう」の後には、
そんな言葉が続く気がするんです。
未来が閉ざされた感じ、
と言えばいいのかな。
でもね。
病気だろうと、なんだろうと。
幸せを感じることも、できます。
目標を持って、努力することもできます。
だから息子は、かわいそうじゃない。
私はそう思っています。
さいごに ──
あのとき入院していた息子は、
いま、グループホームで暮らしています。
仕事に通って。
自分のペースで、
自分の生活をしています。
十分、楽しんでますよね。
今日も読んでくださって、
ありがとうございました。

コメント