65歳、「高齢者」と呼ばれる年齢になりました。でも、年を取るのも悪くないんです

こんにちは、あんずだいだいです。今日も読んでくださって、ありがとうございます。

気がつけば私も65歳。役所から届く書類などで「高齢者」という言葉を目にするようになりました。正直、「年を取るのは、ちょっと嫌だな」と思う自分もいます。でも一方で、「年を取るのも、悪くないな」と感じることも増えてきました。今日はそんな、今の私の等身大の気持ちを書いてみますね😊

「高齢者」と呼ばれて ── 気づけば、そんな年齢に

年金のこと、保険のこと。役所から届く書類を見るたびに、「あぁ、私はもう“そういう年齢”なんだな」と実感します。

でも、それを一番感じるのは、やっぱり仕事のことなんです。

雇用契約のことだったり、「これから新しく働こう」と思っても、向けられる場所がぐっと限られてくる。求人を眺めていると、それをしみじみ感じます。

正直、さみしいのは「選択肢が減っていく」こと

年を取って嫌だなと思うのは、体力でも見た目でもなくて ── 年齢によって、選択肢がだんだん少なくなっていくことなんです。

まだ体力はあるし、見た目のことは……実はそんなに気にしていません(これも、元気だから言えるのかもしれませんね。笑)。

もちろん、いつまでも若い人とまったく同じ社会的な立場でいることが、いいことばかりじゃないのも分かります。だからそこは、それはそれで受け入れていくものなのかな、とも思っています。

ただ、ひとつだけ。昇給がないのは、私は全然かまわないんです。でも ── なんというか、「これまで頑張ってきた証」みたいなものは、やっぱりちょっと欲しいな、と思うことはあります。

それでも、年を取るのは悪くない ── 心に余裕が生まれた

こう書くと寂しい話みたいですが、私は今、心の中では「年を取る方が良かった」と、本気で思っているんです。

理由は、いろんな経験をしてきたぶん、いろんなことが許せるようになったから。心に余裕が出てきて、自然体でいられるようになりました。

昔の私は、いつも自分を追い詰めていた気がします。

人の欠点が気になったり、誰かに嫌なことを言われたりすると ── もちろん腹は立つのですが、それ以上に「私が悪いのかな」と自分を責めてしまう。もやもや、もやもや。そうやって自信をなくして、失敗もいっぱいして。とにかく、心に余裕がありませんでした。

でも今は、ふっと受け流せるようになりました。

嫌なことがあっても、「あ、そうなんだ」「あの人は、そう思ってるのね」くらいに思える。だから、何か言われても傷つくことが少なくなったし、自分を責めることも、だんだん減ってきました。

「自分は自分」。そう思えるようになったんです。

昔はいつもいつも、自分を忙しくさせて、追い立てて生きていた気がします。今の方が、ずっと幸せを感じられる。これは、年を重ねてきたからこそ手に入った感覚だなと思います。

さいごに ── 自然体でいたら、人との関係が楽になった

年を重ねて、一番変わったのは、人との関係かもしれません。

以前よりずっと、人と一緒にいるのが楽になって、安心できるようになりました。

不思議なもので、私が自然体でいると、周りの人も自然体でいてくれる。「この人といると安心する」と思ってくれる人が、少しずつ増えていっている気がするんです。そんな時は、本当に幸せだなと感じます。

おかげで最近は、素敵なお誘いを受けることも増えました。「これ、一緒にどう?」と、楽しいことに誘ってもらえる。これは本当に、周りの人たちのおかげです。心から感謝しています。

選択肢は、これから少しずつ減っていくのかもしれません。それでも、心はどんどん自由に、軽くなっていく。だから私は、年を取るのも悪くないな、と思うんです。

これからも、こんな自然体の私で、ゆるゆると歩いていけたらいいな😊

今日も読んでくださって、ありがとうございました。

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