こんにちは、あんずだいだいです。読んでくださって、ありがとうございます。
以前、デイケアの記事を書きました。息子には合わない場所と、合う場所があって、思いきって病院ごと変えた話です。あの記事の最後に、私はこう書きました。
「デイケアは卒業する場所ではなくて、息子にとっては今も大切な居場所です」
今日は、その続きというか──あの時に書かなかったことを、書いてみようと思います😊
息子はずっと「行きたくない」と言っていました
実は息子、デイケアのことを、あまり好きではありません。
「デイケアに通っても、何の意味があるのかな」
一緒に暮らしていた頃は、よくそんなふうにこぼしていました。前の病院に通っていた頃から、ずっとです。転院して、雰囲気のまるで違うデイケアになってからも、その気持ちは大きくは変わらなかったみたいです。
今は離れて暮らしているので、最近は聞いていません。
主治医の先生の言葉と、息子の言い分
デイケアを勧めてくれたのは、主治医の先生でした。
家でごろごろしているだけでは、生活リズムが作れない。人と交流することも大切だ。そして、こうも言われました。
「それもできないようであれば、働くことは無理だよ」
これを聞いたとき、私は「確かにそうだな」と思いました。
でも、息子の言い分は違いました。
「生活リズムを作るなら、働く方がいい」
この言葉は、B型事業所の記事にも書きましたね。働き始める前から、息子はずっとそう言っていました。
……そして正直に言うと、私はこの気持ちも、すごくよく分かるんです。
人って、自分がやった行動に、何か意味をつけたいものだと思うんですよね。ただそこにいただけ、というのは、やっぱりつまらない。息子が「何の意味があるのかな」と言ったのは、そういうことなんだろうなと思います。
その気持ちも、なんとなく分かります
もうひとつ、思い当たることがあります。
デイケアには、気分が沈んでいる方が多くいらっしゃいます。病気なのですから、それは仕方のないことです。息子だって、その中の一人です。
でも、場所の空気というのは、そこにいる人たちで決まっていくものですよね。息子は、その空気の中に自分の身を置くことが、あまり心地よくなかったのかもしれません。
そういう場所にいたくない気持ちは、私にもなんとなく分かります。
それでも、週1回通っています
そんなふうに言いながら、息子は今も、週に1回デイケアに通っています。
ひとつには、デイケアのスタッフさんたちが「週1回でも来てもらえたら、息子さんの様子が分かるから」と考えてくださっているから。B型事業所でも様子は見てもらえますが、それとはまた別に、見ていてくださる場所があるということです。
そしてもうひとつは──卓球です(笑)。
中学時代の卓球部で、それなりの腕前。「卓球だったら、行ってもいいかな」。そのくらいの感覚なんだと思います。今も卓球だけは続けているようです。
あの場所が、息子の道筋を作ってくれました
でも、いちばん大きいのは、たぶんこれです。
デイケアのスタッフさんたちは、本当に、息子のことを親身に考えてくださいました。
今のB型事業所を紹介してくださったのも、公的な手続きを取り持ってくださったのも、デイケアの方です。訪問看護を兼ねて、私も交えた認知療法をしてくださったのも。診察に付き添って、主治医の先生に口添えしてくださったこともありました。
私が入院していたときには、息子の様子を見に来てくださいました。息子がお薬を取りに行けないときには、自宅まで届けてくださったこともあったと思います。
この方たちが「こうしてみたら」と勧めてくださることには、私も息子も、素直になれました。
友達のことも書かせてください。
今、息子が親しくしている友人と出会えたのは、デイケアの中ではありませんでした。
私の元職場に、息子と同じ病気を抱えた方がいらっしゃったのです。息子が今の病院を知るきっかけになった方です。その方が、息子とお仲間たちをつなげようと、ファミレスで会を開いてくださったんです。息子より少し年上の男性ばかり、十人以上いたでしょうか。みんなでごはんを食べました。
その方たちは、今の病院とデイケアに通っている方たちです。だから息子が転院してからは、当然のようにデイケアで顔を合わせるようになりました。
そして、その中のひとりと、息子は今もお付き合いが続いています。外で会って、一緒に勉強をしたり、出かけたりしているようです。
「だるいな」と言いながら、それでも息子が通い続けているのは、自分の道筋を作ってくれたこの場所とのつながりを、断ちたくないからなんじゃないかな。私はそんなふうに思っています。
どちらも、本当のことでした
「行きたくない」と言っている息子と、あの場所に道筋を作ってもらった息子。
どちらも本当なんだと思います。人の気持ちって、そんなにきれいに片づかないですものね。
私はというと、やめてもいいとも、続けてほしいとも思っていません。決めるのは息子だからです。
私が知っているのは、あの場所がなかったら、今の息子の暮らしはなかっただろう、ということだけです。
今日も読んでくださって、ありがとうございました。

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