「お寿司、いらない」と言われた母。心配しすぎる自分との付き合い方のお話

こんにちは、あんずだいだいです。読んでくださって、ありがとうございます。

実はこの記事、「今まさに心配している最中」に書いています(笑)。

統合失調症の息子と歩んで12年。それでも母の心配は、消えることがありません。今日はそんな「心配しすぎる自分」と、どう付き合っているかのお話です😊

週末のごはんの約束が、延期になりました

この週末、息子と私の家で一緒にごはんを食べる約束をしていました。

ところが前もって電話をすると、「延期にしてほしい」と。理由を聞くと、「調子が悪い」とのことでした。どうやら、お仕事もお休みしているようです。

延期すること自体は、ぜんぜん構わないんです。でも──気になりますよね。母ですから。

頭の中でぐるぐる。そして「お寿司、いらない」

心配になると、私はどうなるか。

ふとした時に考えてしまうし、「何かしてあげられることはないかな」と、頭の中でぐるぐる、ぐるぐる。

それで、息子の好物のお寿司でも持っていこうかな、とLINEをしてみました。

返ってきた答えは──「いらない」。

まあ、それはそれでいいんです。「ああ、そう」とだけ返しました。

でも正直、この距離感がつかめない(笑)。あのLINEも余計だったのかなあ、なんて、ちょっともやもや。

思えば息子との会話で、「ごめんね、ちょっと余計なこと言っちゃったよね」と言うと、「そうだよ」と返ってきたことが、まれにありました。些細なことだけど、一緒に暮らしていた時は、どうしてもそうなってしまうんですよね。

離れて暮らしている今でも、ちょうどいい距離は、やっぱり手探り。しばらく黙って様子を見るしかないのかな、と今は思っています。

もやもやしたら、ノートに書き出す。「これは誰の問題?」

そんな心配しすぎる私ですが、12年の中で見つけた、自分なりのコツがあります。

それは、毎晩の「ジャーナリング」です。ジャーナリングというと、ちょっとおしゃれに聞こえますが(笑)、要は、自分の気持ちを紙に書き出すこと。私はお気に入りのノートに、毎晩書いています。

頭の中だけで考えていると、同じところをぐるぐる回るばかりで、なかなか整理がつかないんですよね。でも紙に書き出してみると──「今、私にできることは何か」「考えても解決しないことは何か」が、すっと切り分けられるんです。

そして書きながら、自分に聞いてみます。「これは私の問題? それとも息子の問題?」

「これは私の問題だな」と思ったら、できるだけ口に出さない。ノートと一緒に、自分の気持ちと向き合う──そんな「内観」の癖をつけてきました。

以前の記事にも書いた「ジャッジしないこと」と、根っこは同じかもしれません。心配のぐるぐるは、たいてい「私の問題」だったりするんですよね(笑)。

実は過去に一度、心配をぐっと我慢して、息子が自分から「助けて」と言うまで待ち続けたことがあります。あのとき待ってよかった──その経験も、今の私を支えてくれています。(この話は重いので、またいつか、別の記事でゆっくり書きますね)

自分が自分を幸せにする

もうひとつ、大事にしていることがあります。

息子に何か伝える時は、こちらから断定的に言わないこと。息子の選択肢を残せるように、大事なことほど、言葉を選んで出す努力をしています。

そして──まず、自分自身が自分を幸せにすること。

自分が満たされていると、息子に余計な依存をしなくていいんです。「あなたが元気じゃないと、私も不安」という重さを、息子に背負わせなくて済む。

だから最近は、「それなりにいい距離が取れているのかな」と感じられるようになりました。

さいごに──心配は、消えなくていい

同じように、お子さんのことが心配で疲れている親御さんへ。

心配は、消えることはないと思います。距離感も、付かず離れず、きっとずっと迷い続けるんだろうなあ、と思っています。

でも、それでいいのかな、と。

迷いながら、もやもやしながら、今夜もノートに気持ちを書き出しながら──母は、黙って様子を見ています。

お寿司は、また今度ね😊

今日も読んでくださって、ありがとうございました。

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