こんにちは、あんずだいだいです。読んでくださって、ありがとうございます。
今日は、13年前の、ある一日のことを書きます。息子が統合失調症で入院して、そのすぐあとに、私が家庭裁判所へ行った日のことです。
短い出来事です。それなのに、思い出すたびに、あの頃の自分の姿がくっきり見えてくる一日でもあります。
家庭裁判所へ
2013年の秋、息子は統合失調症と診断されました。大学を卒業して、就職活動をしていた頃です。そして、その日のうちに入院が決まりました。
そのすぐあとです。病院から、こう言われました。
「家庭裁判所に行って、書類を取ってきてください」
できるだけ早く、と。
なぜ必要なのか、私は分かっていませんでした
正直に書きます。
あのとき私は、その書類が何のために要るのか、さっぱり分かっていませんでした。説明はあったのかもしれません。あったとしても、頭には入っていなかったと思います。
息子に入院してもらうために必要なものらしい。分かっていたのは、それくらい。
言われるがまま、動きました。ロボットみたいに。
薄暗くて、無機質な建物でした
家庭裁判所なんて、なかなか縁のない場所ですよね。だから、不安でした。
建物に入ると、薄暗くて、無機質で。不安が、さらに増えました。
静かでした。おごそか、というんでしょうか。空気が張りつめていて、居心地の悪さだけを覚えています。
待ち時間は、まあまあ長かったです。
椅子に座って、ぼんやりしていました。頭の隅に、こんな感覚がありました。
私は今、何か悪いことをしているのかな。
「面会をお願いします」
呼ばれて、そう言われました。
面会。裁判所で、面会。
裁かれるのかな、と思いました。
通された先にいたのは、裁判官の方だったと思います。何を話したのか、ほとんど覚えていません。
覚えているのは、一言だけです。
「大変ですね」
二分ほどで終わりました。あんなに待ったのに。
夢の中にいるようでした
あの日を思い出すと、いつも同じ感覚がよみがえります。
夢の中にいるようだった。ただ、体だけが動いていた。
自分では、しっかりしているつもりでした。冷静でいたつもりだったんです。
今は、この手続きはありません
当時は、本人が同意できない入院のときに、家族が家庭裁判所で手続きをする決まりがありました。その仕組みは翌年になくなって、今は行かなくてよくなっています。
私がそれを知ったのは、つい最近のことです。
さいごに
この記事を書くためにあの日を思い出していて、気づいたことがあります。
家庭裁判所からの帰り道を、私はまったく覚えていないんです。
書類をどうしたのかも出てきません。病院に届けたはずなんですけどね。待合の景色はあんなに残っているのに、帰りの記憶だけ、すっぽり抜けています。
ずっと、自分は冷静だったと思っていました。
でも、少し違ったんですね。感情がどこかに行ってしまっていた。体だけが動いていた。だから、帰り道が残らなかった。
あの頃の私は、平常心ではなかったんでしょうね。
そのことに、やっと今、気がつきました。
今日も読んでくださって、ありがとうございました。

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